変革リーダー数珠つなぎ PROFILE 3
組織変革のプロフェッショナルが考える企業を持続的成長へと導く変革リーダーとは

松井 忠三 氏
良品計画 前会長/株式会社 松井オフィス 代表取締役社長

インタビューINTERVIEW

『組織変革のプロフェッショナルが考える企業を持続的成長へと導く変革リーダーとは』松井忠三氏 良品計画 前会長/株式会社 松井オフィス 代表取締役社長

いつも主流派の反対にいた極めて普通のサラリーマン

無印良品におけるV字回復はとても有名な話ですが、変革者としてのご自身のルーツはどこにあるとお考えですか。

私は中学からバレーボールに打ち込み、高校のときにあと一歩で全国大会に出場することができなかったという経験があります。もともと教師志望でしたので、教師として生徒を率いて全国大会に行こうと考え、教育大(現・筑波大学)の体育学部へ進学し、バレーボール部にも入りました。

しかしその頃は70年安保、大学は全共闘運動真っ只中の荒れ果てた時代でした。私もその波に飲まれながら沖縄返還闘争のデモに参加し、逮捕されます。3週間の留置場生活中に、20歳の誕生日を迎える親不孝を経験しました。

その後、大学を5年間で卒業し、教職課程を取って地元の静岡で教員試験を受けますが、一次は受かっても二次の内申書で落とされる。これはもうしょうがないと思って、教員の道をあきらめました。

当時、大量採用といえばスーパーマーケットが全盛期で、西友に行ったら、あっさりと入ることができました。人事部長に「君の動機は希薄だね」と言われたことを今でも覚えています。会社に入るつもりでやっていませんから、当然です。本当によく採用してくれたなと思います。

そこから、いわゆる普通のサラリーマン生活をスタートしますが、私はいつも主流派の反対にいました。上司に取り入る人が昇進するという、上を向く組織。私は権威にへつらうのが嫌いなので、そういった文化にずっと違和感を持っていました。それはたぶん、自分の中に脈々と息づいているルーツのようなものです。夏休みを長めにとって、完全に会社を忘れるくらい休みを満喫しましたし、主流派の人たちが開く飲み会もほとんど行きませんでした。だから使いにくい社員だと思われていたと思います。

事業の多角化で次々に子会社が立ち上がる中、良品計画に移ったことも、「ちょうど、おまえは浮いていたから採ったんだ」と言われました。簡単にいうと左遷みたいなものです。

業績がとても厳しい中で社長に就任された当時、良品計画が低迷していた要因はどこにあったのでしょうか?

まず、慢心して外部に目を向けなかったことです。無印は創業10年間、右肩上がりで自信満々でした。ライバルが無印を一生懸命に研究しているときに、われわれは左うちわだったのです。

商品部の社長さんたちと、一対一で会食し、ざっくばらんに話せる関係になると、当時の無印は不遜で傲慢だったと言ってくれましたが、マーチャンダイザーにそんなことを言ってくれる取引先の方はいませんでした。

次に無責任体質です。例えば新規で店舗を出店する場合、人事、システム、物流などさまざまな部署が絡むため、七つ八つとはんこが押されて進んでいきます。しかし当時は、出店して計画を達成するのは2割で、8割が失敗していました。関係者全てのはんこが押されているので、責任を取る人が誰も現れない。誰が責任を取っているのかわからない状態でした。

また、一番大事なことが議論されず、危機意識がなくなり、前例踏襲型の組織になっていました。組織の成熟レベルも低く、衣料品がうまくいかない理由を「衣料品の部長のせいだ」と、個人の問題として片付け、本質的な原因に気づけない状況でした。

無印は非常に強いコンセプトを持っていますが、そうした企業体質によって一歩前、半歩前の商品が作れなくなっていました。そうした中、戦略の間違いを犯し、国内外に大量出店を始めます。新店の構成比は通常4%程度ですが、2000年は40%に達し、10倍の出店をしました。そして1000坪の大型店舗で大きな赤字を計上し、出店エリアが重なるにもかかわらず直営店を増やしたことで、フランチャイジーの経営も脅かすことになりました。海外も赤字が続く中、ヨーロッパに5店舗しかないときに50店舗に増やすと宣言し、アクセルを全開にしましたが、こちらも大きな赤字を残すことになりました。

組織風土のスクラップ・アンド・ビルド 「セゾンの常識は当社の非常識」

組織を変革する上での要諦、また難しさはどのようなものだとお考えでしょうか?

私は社長就任後、危機的状況を乗り越えるために、38億円の在庫を溶解・焼却処分にし、国内店舗を1割以上閉め、フランスの店舗も半分閉め、人員整理を行い、赤字の出店をやめました。リストラは非常に大事です。しかし、リストラで会社が立ち直るわけではない。これは改革の第一歩に過ぎず、負けた構造から勝つ構造をつくる、次の成長に向けた準備でした。

セゾンには類いまれな感性を持った大オーナー、堤さんのもとで育まれた文化があり、その強さで西武百貨店は日本一の売り上げを達成しました。しかし反面、科学的なアプローチには相対的に弱く、チェーンオペレーションという近代小売業の中で最も重要な原理原則は入ってこず、経験主義という罪の重い仕組みの中で動いていました。西友は3回、希望退職を募りましたが、どんなに頑張っても優秀な人からいなくなっていき、それと同時に会社の知識と経験が失われていきました。ですから私は、「セゾンの常識は当社の非常識」と掲げ、社風を変えるところから改革を始めました。

また、私は社員の意識変革が先にあるとは信じていません。行動変革が先にあって、行動が意識を変えていくと信じています。西友の人事時代に、3億円の意識改革プロジェクトでうまくいかなかった経験があります。アメリカでは自殺者もでると評判の一番厳しいセンシティブトレーニングを入れたのですが、結果、西友が立ち直ったかといえば、そうではありませんでした。

年度方針でも同じです。「これはこういう方針でやるよ」と一度話し、一週間ほど経って社長が聞いてみると、覚えている社員は2割もいなかった。人間とはそういうものなのです。

つまり一度の意識改革で強烈な思いまでしたとしても、残るものは大したことがない。私は組織が意識から変わることは100%ないと思っています。

アメリカで、「ビジネスに長く成功し、増収増益を続ける企業には、共通点として”創業者マインド“がある」とする統計データがあります。サラリーマンとして仕事をする人たちの中にもそのようなオーナーシップマインドを持つ人たちが必ずいる。そのマインドを持った人たちをリーダーとして引き上げ、育成し、実行力の高い組織づくりに注力していきました。

「2000ページのマニュアル」に象徴されるように、仕組みづくりもとても有名ですが、仕組みをつくる、また定着させる上で、大事にしていることは何でしょうか?

まず、マーケットの変化、ビジネスモデルの変化に対応できる仕組みにすることが第一です。お客様に満足してもらい、ライバルに勝つ商品を作るための仕組み、国内外での出店の仕方、販売の仕方、人の育て方など、何でも仕組みにしていく。誰がどのような帳票でどのように仕事をしているかがわかる仕組みにすることで、個人の経験や能力に関係なく、すぐに変化に対応することができる。そして仕組み自体も経営のトライアンドエラーの中から改善していきます。これが勝つ構造です。

それから、私の性格特性の一つでもある「徹底力」です。やめると元に戻ってしまうので、始めたらやめないこと。社風は現場でつくるしかありません。トップが言い続けるということは、会社がこれは大事だと社員に知らしめていくことなのです。企業文化は徹底力の産物です。

私は西友時代に教育を長くやっていましたから、新入社員が店舗に配属された途端、挨拶をしなくなる現実を知っていました。原因は店長がやっていないからでした。ですから私は、必ず全役員を巻き込んで上からやる。このようにメッセージを送っていかないと社員がその気になってくれないのです。

そして、精神力では絶対に定着しませんので、定着するような構造に変えていく。以前は、残業が多い会社で、本社も店も疲れ切っていました。そこで私は、1年後に残業なしの会社にすると決めました。この頃になると、少し徹底力のある会社になっていましたから、すぐに金曜日と水曜日をノー残業デーにすることができました。

そして最後には、19時に電気を全て消しました。初日はあちこちから悲鳴が上がりましたが、全日ノー残業デーにしました。

そのうち、21時くらいになると戻ってきてしまう社員、家に持ち帰って仕事をしてしまう社員が出てきたので、今度は、やらなくていい仕事をやめさせ、生産性も上げることで、仕事を1割以上減らしました。朝終礼で徹底して見回りを行い、必ず状況を写真に残してもらい、週に一度報告してもらう。こうして仕組みをつくり上げ、定着させていきました。

強烈なトップダウンを推進するリーダーのように聞こえますが、一方で現場では自分たちでマニュアルをどんどん改良していっています。トップダウンとボトムアップをどのように両立されているのですか?

私は3代目の社長ですが、歴代皆トップダウンです。赤字まで落ちる存亡の危機のときは相当激しいことをやりましたが、会社を長く続けていくにはどうするか、社風をつくるにはどうするかと、いろいろな事例を学ぶうちに、トップダウンに限界があることに気づきました。成長してきた思考回路とパターンは50年くらい経つとマイナスになっていきます。これはマーケットの変化とほぼ一緒で、リセットしなければなりません。カリスマ的な創業者が一人でやっていく時代は終わったのです。今の時代のトップダウンは、組織の力を一つにまとめ、動かしていくことであり、それが最も求められるリーダーシップだと思います。

創業者は、時代を見る目があっても、自分がつくってきたものを否定することができない。一度つくり上げたビジネスを壊すことができない。これは、次の人が壊すしかないのです。無印も、日本の禅や茶道に近いコンセプト以外は全部変えてきました。

総括として、「変革のリーダー」に必要なことを改めて教えてください。

組織の文化を変えられる人だと思います。組織は大きくなると、必ず大企業病になり、形式主義になっていってしまう。時代とともにつくられた組織の文化や仕組みが、今度は足かせになっていきます。それを早めにキャッチして変えていける、組織を変革し続けられることが、変革のリーダーに必要な要素ではないでしょうか。

今回、インテグラル佐山様、セブン&アイ・フードシステムズ大久保様からの数珠つなぎによって実現できたインタビューです。最後に、ご自身が尊敬される変革リーダーをご紹介いただければ幸いです。

私からは、トリンプ元代表の吉越さんをご紹介したいと思います。彼は見事に変革を成し遂げ、トリンプをあそこまで持っていきました。早朝会議などのユニークな取り組みを実行し、19期連続増収増益を達成した、強烈な「変革のリーダー」です。

PROFILE

良品計画 前会長/株式会社 松井オフィス 代表取締役社長
松井 忠三 まつい ただみつ

1973年、東京教育大学(現・筑波大学)体育学部卒業後、西友ストアー(現・西友)に入社。1992年、良品計画に移る。2001年、社長に就任し、38億円の赤字を経て大掛かりな経営改革を断行。商品開発・販売・経営・人材育成・システムと全ての領域にわたり、見える化・標準化・仕組み化を進め、風土の改革にも精力的に取り組む。2008年、会長に就任。2010年より、株式会社T&T(現・松井オフィス)代表取締役社長(現任)

UPDATE 2017.04.10
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