2017.11.13

変革の舞台裏CASE-5 商品企画部との連携に悩む海外販売責任者の苦悩

登場人物

海外販売部 部長 松尾 佑二郎
●海外販売部の責任者、50代前半
●新卒で入社以来、一貫して営業系の仕事を経験
●10年前より数か国での海外赴任などを経験した後、海外販売の責任者に
●部の売上成長を何より大切に考えている

商品企画部 部長 木下 雅俊
●商品企画部の責任者、50代前半
●新卒で入社以来、一貫して技術系の仕事を経験
●10年前に技術知識を活かして商品企画部に異動、現在は責任者に
●自社の技術力の高さに誇りを持ち、技術力を何より大切に考えている

売上目標達成に悩む海外販売部部長

「今年度も、売上目標は未達成か…」

碇工業の主力製品の海外販売責任者である松尾は、頭を抱えていた。

「今販売している商品は、やはり海外マーケットでボリュームを確保することは難しい。高い付加価値があるとはいっても、日本国内と違い、海外でそれを求める企業は少ないのが実情だ。この1年間の受注案件を分析してみても、競合した場合ほとんどのケースで負けてしまっている。競合企業は、最低限の付加価値でコストを最低限にしているわけだから、わが社もコスト競争力のある商品を作れば、まだまだ売上は伸びるはずだ」

碇工業は、これまで安定的な売上成長を実現してきており、成長率を維持するため、海外においては毎年20%以上の売上成長目標を掲げていた。部長の松尾は、毎年毎年高くなる目標に対して、四苦八苦していたのである。

「実際、うちの商品は性能が他社商品と比較して良いとはいっても、正直、現場では求められていないケースが多い。いざコンペとなると、どうしても価格競争になってしまう。うちの技術があれば、価格競争力のある商品は作れるはずだから、もっと何とかならないものか…」

高価格商品の開発を続ける商品企画部部長

「松尾部長は、うちの技術のことを全然分かっていない…」

部下と昼食を取り終えた後、カフェでコーヒーを飲みながら、木下はため息をつく。

「うちは、技術力を強みとして成長してきた企業だ。海外展開する際にも、技術力をベースとしていくのがセオリーだ。なのに、商品が悪いだの何だの言って、営業は言い訳ばかり。正直、うちの技術のことを深く理解していない営業スタッフも多い。もっとちゃんとうちの技術のことをアピールしてくれれば、いくらでも競合に勝つことができるはずなのに…」

商品企画部においては、売上目標達成に対する責任はないものの、企画した商品の販売が低調なことに対して、不安を感じていた。実際に商品企画部においては、数ある競合商品を徹底的に比較し、重要となるスペック面ではどの商品よりも差別化ができる商品を開発していた。コスト面でも競合と比較してそこまで大幅なコストアップはしないような商品を開発していたのである。

「そもそも、売上成長ばかりを求めても、意味がない。売上高は小さいかもしれないけど、営業利益はしっかりと出ている。低価格商品を作れないことはないけれど、利益率が大幅に低下するため、今の何倍もの量を販売しないと、おそらく利益を確保することができない。うちは技術を大切にしている企業なのだから、うちの技術を買ってくれるお客様だけを相手にしていたら、十分じゃないか…」

解決すべき課題と対策の方向性

現状の整理

国内においては圧倒的ナンバーワンシェアであった碇工業であるが、海外展開においては後発組であった。国内においては歴史が古く、競合があまりいない状態からシェアを拡大することができた一方で、海外にはすでに価格競争力の高い先行プレイヤーが存在している状況である。このような状況に対し、付加価値を付けた商品を中心に展開してはいるものの、販売ボリュームが取れないため、価格特化した商品が欲しいというのが海外販売部の要求であった。この要求通り新たな商品を投入することで、うまくいくだろうか。

元来、碇工業が取ってきた戦略は、狭域ターゲットに対してWTP(Willingness to Pay=顧客が支払う価格)を高める差別化・集中戦略である。

今後は、海外の広域ターゲットに対して、差別化戦略で攻めようというのが商品企画部の意向であり、コストリーダーシップ戦略で攻めようというのが海外販売部の意向である。

このようなケースにおいて、後者の展開を図ることは、失敗に終わるケースが多い。というのも、差別化戦略の実現とコストリーダーシップ戦略の実現においては、大きな壁が存在するためである。環境の変化に伴い、戦略を変えるだけでは、当然ながら新たな戦略がすぐにうまく機能することはない。戦略と組織、人財は一貫性を持っており、戦略に合わせてこれらをすべて変革していかなくてはならない。コストリーダーシップ戦略を実現しようとなると、商品仕様を変えるだけでなく、徹底したコスト削減を実現する人財の能力開発、会計や情報、人事評価などのシステムの変更、社員が共通認識で持つべき価値観の変革など、すべての要素をコストリーダーシップ戦略に最適化させていかないことには、真の価格競争力を持つことは難しいのである。しかしながら、現在の碇工業のように差別化商品を海外の広域ターゲットに展開しようとしても、競合からシェアを奪取することができないケースが多い。では碇工業はどうすべきか。

解決の方向性

碇工業のこれまでの強みを考えると、いきなり海外の広域ターゲットを相手にするのではなく、碇工業の提供する高付加価値を求める新たなドメインを見つけることが重要となる。自社の技術が活かせるのであれば、今のターゲット業界とは違う業界に活路を見出せる可能性もある。いきなり広域に自社領域を広げるのではなく、ニッチ領域を地道に少しずつ拡大するという方針で、次の差別化ニッチ市場をいかにして見つけるかが一つ目のポイントとなる。

では、ニッチ市場を見つけられなかった場合はどうすべきか。その場合、競合他社が展開している商品において、満たされていないニーズ(アンメットニーズ)は何かを探ることが重要となる。今の競合商品では満たされておらず、一定のスイッチングコストを払ったとしても切り替えるに値するくらいに、求められるニーズは何なのか、それを求めている顧客はどのような特性の顧客かを探り当てることが重要となる。そのニーズに絞って付加価値をつけることができれば、競合からのシェア奪取を実現する道が見えるのである。しかしながら、このアンメットニーズは、外部機関を使った調査だけではなかなか探りにくく、商品企画部では把握をしにくい可能性がある。一方、最もその情報を得ているのは、現場でお客様と接している海外販売部であるはずである。海外販売部が現場での”アンメットニーズ”を発見し、商品企画部と連携しながら商品開発を図ることが、二つ目のポイントとなる。

なお、これらの実現が難しい場合、コストリーダーシップ戦略へ転換するしか道がなくなるが、先行プレイヤーがいる中においては、この戦いはできる限り避けるべきである。それでも収益性が見込めるから実施するという場合は、新たな商品展開を担う組織を、完全に別組織として立ち上げるなどして、これまでのしがらみがない状態で、戦略-組織-人財の新たな一貫性を構築することが求められる。

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