2017.04.10

変革の舞台裏 CASE-3 ブルーオーシャンのジレンマ

登場人物

人事部長 山本 博
●人事部長、50代前半
●他社での実績を買われ、社長よりヘッドハンティングされて入社
●社長から、新たな風を吹き込む人材を採用、教育してほしいと言われている
●思いついたら即行動、非常に熱い性格の方

取締役 松井 一輝
●役員の一人、60代前半
●新卒で入社以降、着実に成果を上げ、役員へ就任
●会長から厚い信頼があり、既存ビジネスを成長させてきた立役者
●保守的で、伝統やルールを重視する方

既存のビジネスモデルに固執する経営幹部

「人事部長の山本さんは、うちの良さを全然わかっていない」

取締役の松井一輝は、部下と食事をしながら話す。

「うちは、食品加工に関する高い技術力があったからこそ、これまで生き残ってこられた。他のメーカーを見てみろ。海外メーカーとの競争にさらされて、赤字を出さないだけで何とか続けている会社ばかりじゃないか。うちは一般のメーカーにはない技術があるからこそ、高い利益率を保つことができているんだ」

能本工業はこれまで、特許を取得した画期的な技術を活かして、競合他社がいない環境で成長を続けたため、非常に高い収益性を実現していた。ニッチ市場の中でも、新たな事業を生み出しながら、順調に成長を続けてきた一方で、近年は、既存の製品群による市場拡大は限界に達し、次なる新規事業の開発を余儀なくされていた。このような状況下で、技術を知り尽くした松井は、技術を信じて開発を続ければ、次の道が見えると信じていた。

「とにかく、うちは技術力あっての会社だ。新しい技術を生み出せる人間を育てることこそが、うちが生き残る唯一の道だ。そのためにも、もっと技術がわかる人間を採用してほしいものだ…。ベテラン人材を活用していけば、まだまだうちの会社はいけるはずだ。何とかならないものか…」

新たな風を吹き入れたい人事部長

「いくら人を採用しても、この会社は変わらない…」

23時を回ったころ、時計を見ながら、人事部長である山本博はため息をつく。

「今、韓国や中国メーカーもどんどん進出してきているし、あと数年も経てば、より市況は厳しくなってくるだろう。新しい人材によって早く社内を改革していかないと、取り返しが付かないことになる」

山本はここ2年間、社長からの強い要望もあり、社内を変革させるために、これまで能本工業が採用してきたタイプとは全然違うタイプの人材を採用してきた。

これまでは、技術的な知識を持った、真面目で着々と仕事に取り組める人を採用していたが、次の事業展開を実現させるため、強い営業力を持った人材、コスト削減に強い人材など、新しいタイプの人材採用にシフトしてきたのである。しかし、新たな人材を現場に送り込んでいるが、この日もまた、入社3カ月で退社するという申し出があったばかりであった。

「松井取締役は、今の技術でもまだまだ周辺分野に展開できると言うが、本当にそうだろうか。うちが得意とする分野以外では、競合他社がたくさんいるし、うちの技術を活かせる部分はあまりないだろう。競合との戦いにいかに勝ち残れるかが勝負なのだから、競合他社に勝つための人材を採用して、底力を高めていかないとならない」

山本は、このような考えのもと、新たなタイプの人材を採用していったが、既存の風習に固執する会社の社風が嫌だという理由や、自分が新しくやろうとしていることが評価されないといった理由で退社してしまうケースが多数発生していた。

解決すべき課題と対策の方向性

現状の整理

ブルーオーシャン市場の開拓に向け熊本工業が取るべき方向性

ベテラン人材の技術力を活かして現状を打破しようとする松井取締役と、新しい人材の採用で現状を打破しようとする山本部長。どちらも想いは一緒であるが、歯車が合っていないようだ。

これまで能本工業では、ニッチ分野において高い技術力をベースとした成長を遂げてきたが、同一分野においては市場拡大に限界があり、次なる展開分野を模索しないといけない状態である。しかし、周辺分野は競合他社が多数存在するレッドオーシャン。これまでブルーオーシャン市場での戦いに慣れてしまっている能本工業にとっては、この市場で戦おうとしても、厳しい環境下で競合他社と争う営業力も、コスト競争力も持ち合わせていない。これまではいわゆる鎖国状態であった能本工業がこの市場に出ようとしても、瞬く間に競合他社につぶされてしまいかねない状況と言える。

ではどうすべきか。ブルーオーシャン市場での戦いに慣れている能本工業が模索すべきなのは、レッドオーシャンでの戦い方ではなく、次なるブルーオーシャン市場の開拓である。成長性の低い周辺産業ではなく、これからの成長を見込める市場等へ視野を向けて、自社の技術を最大限に活かすことのできる分野を見つけ出し、事業化を図ることが求められる。

組織変革を実現する上での三つのポイント

ブルーオーシャン市場で成長してきた企業においてよく起こるケースであるが、変革に際しては、次の三つのポイントに注意しながら、変革を進めていくことが求められる。

第一に取り組むべきは、コア技術の見極めである。ブルーオーシャン市場で展開してきた企業においては、競合他社との比較がなかったがゆえに、自社の本質的な技術が何なのかを見極められていない場合が多い。技術力が高いと思っていたことが、ふたを開けてみると実は大したことがなかったというケースもある。そこでまずは自社の技術の棚卸しを行い、コア技術を見極めることが必要となる。見極めに際しては、その技術により開拓できる可能性のある新市場の成長性と、競合他社に対する技術の競争優位性を確認することがポイントとなる。図において、「優先度①」に該当する技術を見いだせれば理想だが、この条件が整うケースは少ない。その場合、「優先度②」に該当する技術を特定し、競争優位性を高めるための強化策を検討することが重要である。

第二に取り組むべきは、先に特定したコア技術に対して、何を掛け合わせるかを決めることである。山本部長は、レッドオーシャンでの戦いを前提としていたため、「営業力」や「コスト削減力」を掛け合わそうとしていたが、次のブルーオーシャン市場を探そうとした場合、これらとは違った要素の掛け合わせが必要と想定される。それはアントレプレナーシップを持った人材かもしれないし、次のターゲット業界に詳しい人材かもしれない。コア技術に対して、機能軸、業界軸などの切り口で何を掛け合わせることが理想かを明確にした上で、今後採用すべき人材要件を定義することが求められる。

そして第三に取り組むべきは、ベテラン人材と新たな人材の融合である。これまでにないタイプの人材を採用した場合、旧来タイプの人材同士、新しいタイプの人材同士で固まり、お互いがお互いの悪い部分に目を当ててしまい、協力が進まないケースが多くある。新規事業を開発する上では、あくまでもベテラン人材の持つ技術力と、新しいタイプの人材の持つ能力を掛け合わせることが大切となる。そのために、ベテラン人材には将来的な危機感を持ってもらうことがファーストステップとなる。危機感がない中でいくら新しい人材が入ってきても、必要性を感じず、協力意識を持てないためである。当然これ以外にも、共通の目標を設定することや、適切な評価体制を整え直すなど、協力を促進する組織体制を整えることがポイントとなるだろう。

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