2017.11.13

変わりゆく組織の姿 Volume.5 研究開発部門

事業モデルの転換、創出等の必要性はよく聞くテーマであるが、組織的に活動し、関連知識を体系化している企業は、まだ少ないのではないだろうか。今回は、全ての業界において事業モデルに関わる活動とする広義の研究開発部門の役割が有効であるとの仮説を設定し、紹介する。

本稿では有形資産を対象とする伝統的な研究開発部門と、無形資産も含め現時点で期待される広義の研究開発部門の役割への進化に関し、以下の3項目を紹介する。

① 目標設定
② 検証・強化項目
③ アプローチ

研究開発の実態

研究開発の対象

「東洋経済オンライン」は、上場企業の本決算における研究開発費を調べ、トップ300社をランキングに公開した。結果は、1位がトヨタ自動車の1兆0556億円、2位はホンダの7198億円、3位は日産自動車の5319億円と大手自動車メーカーだ。上位を見ると自動車や電機、製薬などといった大手製造業が続く。トヨタ自動車は、ハイブリッド車(HV)関連、燃料電池、自動運転など環境対策やネット対応に向けて取り組むべき課題が多い。さまざまな領域で迅速な最先端技術の研究開発が求められており、それが世界で通用する基盤になっている。

国別企業の分野別投資額の割合の比較

日本の研究開発に関わる投資は、主にIT投資、基礎研究、応用研究などの有形資産を対象としている。この領域のGDPに対する投資比率は、他国と比較しても高い。一方、市場調査、人財開発、組織開発などの無形資産の領域は、投資対象として意識されていないと思われるほど、他国に比べてGDPに対する投資比率は極端に低い。
有形資産偏重による投資が、競争環境の変化に十分に適応できない一つの要因であると考える。

研究開発部門の目標設定

研究開発部門と聞くと、製造業における製品等に技術開発、基礎研究を想像し、その対象を有形資産とする「研究開発=科学技術研究」と考えがちである。

研究開発部門の本来の目的は、「未来への投資=将来価値」である。この目的を前提とすると、研究対象を有形資産だけでなく、無形資産にも拡大すべきである。無形資産に拡大することで、製造業だけでなく、サービス業、卸売業など、非製造業を含めた全ての業界に関わる必要な部門となる。現時点が、「自業界・自社にとっての「未来への投資」とは何か」を再度認識すべきタイミングである。

環境の変化

「成長の構造」の変化

成長の構造を優位性確立と考えると、成長の構造が従来から変化していることに気づいている企業は多いのではないか。

従来の成長は、事業の長期的なライフサイクルをベースに製品・サービスを強化することで対応してきた。具体的には、主に戦後に確立した事業モデルをベースに、新たな製品・サービスを提供する「長期単一事業モデル型の維持・強化による成長」であった。差別化は、製品のライフサイクルを意識したものであった。

現在の成長は、短命なライフサイクルの集合体で構成される。これは、製品・サービスだけでなく、事業モデル自体も変化対象とした「短期複数事業モデル型の進化・変革による成長」である。ここでの差別化は、製品ライフサイクルに加え、事業モデルのライフサイクルまでも意識したものとなっている。

変化への適応

環境の変化に対し、①機能面での検証・強化、②組織、人財面での進化を実施することが有効である。

① 機能面での検証・強化

有形資産を対象とする伝統的な研究開発部門の領域では、開発テーマの優先順位付けを行い、本来なすべき開発業務に注力すること、現場のニーズや将来の事業ニーズを踏まえた上で、今まで以上に開発テーマを絞り込み、スピーディに実用化していくことが求められている。

技術革新が進み、製品のライフサイクルが短命化する中で、製品が早期に陳腐化し、投資が回収されないリスクが顕在化する。短期複数事業モデル型の成長では、製品のライフサイクルをベースに的確なテーマが選定され、「製品」がより強化できることが、ますます重要になる。

具体的に検証、強化すべき項目は、①既存製品における開発テーマの合理性、②新規製品における開発テーマの合理性、③開発テーマのプロセス管理の強化、の三つである。これら3項目は、従来の製品に関する研究開発にとどまらず、対象を事業モデルとした場合にも有効な項目である。

①-1 既存製品における開発テーマの合理性

製品ライフサイクルをベースにテーマ分類を設計する。導入期、成長期では、フィージビリティ、基礎研究、代替案研究などの「基礎テーマ」である。成長期、成熟期では、製品化研究、収益性研究、量産技術、自動化、原価低減、品質保証などの「応用テーマ」である。成熟期、衰退期では、製品系列縮小、延命策などの「修正テーマ」である。

①-2 新規製品における開発テーマの合理性

市場の魅力度と自社の優位性の2軸で四つのセグメントに分類し、開発テーマを選定する。市場の魅力度、自社の優位性が共に高い領域を、望ましい開発テーマと設定する。市場の魅力度は高いが、自社の優位性が低い領域は、外部連携テーマとする。

短期複数事業モデル型においては、新たな事業を開始するときや、開始した事業から撤退するときなど、迅速に意思決定ができないと致命的になる。会長特命プロジェクトから撤退できないなどのよくある相談は、自社の優位性は高いものの、市場の魅力度が低い領域に位置づけられることが多い。

①-3 開発テーマのプロセス管理の強化

研究開発部門における開発テーマの有効性は開発プロセスをベースに定量情報で評価する。評価指標としては、開発テーマにおける開発中と開発終了を管理する「開発終了率」、開発終了テーマにおける開発中止と開発完了を管理する「開発終了完了率」、開発完了テーマにおける実用化の有無を管理する「開発完了実用化率」などがある。評価指標をもとにした目標値設定や経年変化分析によるマネジメントは有効である。

② 組織、人財面での進化
②-1 人財面

IT投資、基礎研究、応用研究など有形資産を対象とした伝統的な研究開発部門は、ビジネスや市場から一番離れた組織として設計される傾向にある。そこに所属する人財も、その技術領域や品質管理などの専門家で構成されていることが多い。

今後、無形資産を対象とする場合、自社内の資源にとどまらず、自社のコア・コンピタンスと外部資源を掛け合わせて新たな価値創造を行う、オープンイノベーションを含めた活動を実施するビジネスクリエーター的な人財が求められる。

現状と今後求められる人財像とのギャップがある中、人財の確保、育成の仕組みの強化などが必要である。

②-2 組織面

無形資産を対象に、新たな事業モデル創出を担う組織となるため、組織内の業務、関連組織との連携などの仕組みを設計することが必要である。

前提として、バリューチェーンにおける位置づけが変化する。従来のバリューチェーンでは、研究開発は支援活動に位置づけられる。これは、「長期単一事業モデル型の成長」を前提としているからである。

現在の製品のライフサイクル、事業モデルのライフサイクルの短命化による「短期複数事業モデル型の成長」では、間接的な支援活動でなく、積極的に活用すべく主活動の一部として位置づけるべきである。研究開発の対象は、従来の製品をターゲットとした有形財に加え、事業モデルを意識した無形財を含める。

アプローチ

無形資産に対しては、主に事業モデルのライフサイクルにおける事業モデルの創出に関わる仕組みの構築、運用が対象となる。事業モデル創出の方法は、現時点ではリーンスタートアップに代表されるトライアルをベースにしたアプローチがある。

リーンスタートアップは、事業の立ち上げを目標にしたビジネス開発の手法である。仮説構築、製品実装、評価修正のプロセスを迅速に繰り返すことを特徴とする。

業界トップ企業は、既存の構造を維持し、全方位的な戦略を選択する。トップ企業以外は、構造自体を流動化させることを戦略の選択肢として検討する。新たな事業モデルは、特に業界トップ企業以外において有効な手段である。

BtoBtoCにおける製造業では、競合との競争だけでなく、特に川下の小売との力関係が企業収益に大きな影響を与えている。従来の取引業者の1社ではなく、ビジネスパートナーとなることを目標に掲げている企業も多い。この方法として、リーンスタートアップをベースに、情報流を活用した新たな関係性の簡易モデルを構築、市場の反応を検証し、有効性評価を実施している事例もある。長期間の机上の討議ではなく、具体的な活動および実際の市場の反応をもとにした意思決定ができるため、変化のスピードが早い現在においてはフィットしているとの認識である。

まとめ

研究開発の目的は、「未来への投資=将来価値」である。研究開発は従来、バリューチェーンの支援活動に位置づけられていた機能であるが、環境の変化を鑑みると主活動として捉えるべきである。その対象を、製品・サービスだけでなく事業モデルに拡げることで、研究開発は製造業だけでなく全ての業界において重要な機能となる。

機能の強化は、①従来からの機能に対して強化すべき項目、②新たに追加すべき項目、の二つである。新たに追加すべき項目は、主に事業モデルに関わる領域でリーンスタートアップなどの手法がある。

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