2019.09.25

ペイ決済は日本のキャッシュレス化を実現するか?<後編>

ペイ決済事業者はどのようなポジションを取るべきか?

ペイ決済同士のつぶし合いの様相を見る限り、今のところペイ決済の戦いはユーザーを置き去りにしているようにも思える。各サービスの強みが偏っている状況を踏まえると、ペイ決済をより多くの消費者が使えるようにするには、例えば、LINE とPayPay のような強みが似ている同士の提携ではなく、メルペイとゆうちょPay、PayPay とBankPay のように強みを補完できる同士が連携するべきではないか。消費者体験に強いIT 系企業こそが表立ってサービスを展開しつつ、銀行系は加盟店の開拓や利用者サポートに徹する役回りの方が適しているようにも見える(図1)。

さらに踏み込めば、LINE pay やメルペイにとって、決済機能は、本業を補完する機能の一つでしかなく、利用者のアプリ接点を増やしマインドシェアを取ることが目的であるため、本来的に収益事業というより、広告宣伝費の位置づけと見た方がいいだろう。その場合、小売・銀行のような防衛側の論理で展開するプレーヤーに勝ち目はなく、それぞれが後方支援に回る方が双方のメリットが大きいだろう。

目下、国内だけでも数十のペイ決済サービスが存在し、ユーザー分散が発生する非効率が起きている。プレーヤー同士がより良いサービスを生み出すために切磋琢磨することは一定の範囲内であればユーザーメリットもあるが、多すぎる選択肢よりも、少数精鋭のプレーヤーが真にユーザーの立場に立ったサービスを作れる可能性はないか。一部の企業にとってはペイ事業を自ら手掛けることが本当に事業成長につながるのか改めて考え、場合によっては”名誉ある撤退”を進めることもあり得ないか? 例えば、大企業は自らゼロベースでサービスを立ち上げるより、スタートアップやメガベンチャーを投資する方に回る手があり得る。すでに、キャッシュレス先進国のお隣韓国では、メガバンクが決済サービスから手を引いたり、決済サービスを手掛けながらも、1千億円以上の規模で、フィンテックに直接投資をしている現状がある。

キャッシュレス化にはさらに踏み込んだ施策が必要

ただ、仮に、国内メガバンクがPayPay やメルペイに大規模な投資をしたとしても、日本のキャッシュレス化が急激に進むかというと疑わしい。根本的に、キャッシュレス払いを選択する人の動機は二つしかない、現金払いよりもキャッシュレス払いの方が便利と感じること、またはキャッシュレス払いによって何らかの利益を得る、例えばポイントを貯めることなどを魅力的に感じることだ。つまり、現金払いを面倒と感じることもなく、ポイントを貯めたいと思わない人にとっては、キャッシュレス払いをする動機は特に見当たらないのである。

実際に、東京・大手町に本社のある弊社周辺においても、決済の多くは依然として現金であり、アーリーアダプターであるはずの弊社内でアンケートを取ってみても、2 割の人は前述の理由からキャッシュレス払いにする意欲がほとんどないそうだ。また、キャッシュレス払いを使っていても、コンビニやドラッグストアがメインで、支出の大半をキャッシュレス払いにするのは、「使いすぎ」「管理しにくい」などの理由から拒否感を持つ声も耳にする。
そうすると、極論だが、現金払いをすることのデメリットが足りないからではないだろうか? 例えば、現金で払う方がキャッシュレス払いよりコスト高になる手立てを打つことが必要ではないか?

現金払いをするデメリットを創出する手段の例

対 消費者

  • 銀行の支店やATM の数を減らし、利便性を下げる
  • ATM で現金を引き下ろすために税金をかける(1 回当たり1 千円など)
  • 預金を現金に変換する( 引き出す) 場合の”手数料“を徴収する
  • 新紙幣導入時、タンス預金の紙幣を現金に交換する際に手数料を取る代わりに、電子マネーなどに返金する場合は優遇措置を行う
  • キャッシュレス払いをした額について一定の割合で所得税を免除する
  • 現金払いに対して税金をかける(売上の2%など)

対 小売店

  • 現金での売上金入金に手数料・税金を課す
  • キャッシュレス払いの常時受け付けを義務化し、対応しない場合に罰金を科す
  • 小売店など中小企業の会計の電子化(キャッシュレス化)に税制優遇を与える

 

実はキャッシュレス化が進んでいる韓国やスウェーデンでも全てが良いことばかりではなく、問題もあるという。高齢者や障がい者のキャッシュレス利用に関するトラブルもあれば、災害等による停電時のトラブル、なりすましをはじめとする金融犯罪も後を絶たないらしい。また、貨幣の歴史は日本においても非常に古く、1500 年以上の間、その形状は大して変化していないことから見ても、私たちの日々の暮らしにとって最も浸透した道具の一つで、生活との密着度の高さが精神的な障壁となるのかもしれない。もっと言えば、資本主義による競争社会が促す社会スピードの加速化を実現する一手段であるキャッシュレスを拒むことで、日本は自らの減速化を望んでいるという解釈もできるかもしれない。そんなふうに考えると、正負いずれのインセンティブも変わりたくない日本人の前には歯が立たないかもしれないとも思う。一方で、風向きが変わると頑なな態度を一気に難化させやすい国民気質からすると、思わぬ理由から間もなくキャッシュレス化が急拡大するかもしれない。
テクノロジーと人間の知性を正しく使うことによって、私たちリブ・コンサルティングは新しい道具を作り出せるという思想を持っている。目先で闇雲に競争するよりも、未来を見据えた戦いに支援ができれば幸いであり、大企業からスタートアップ企業への支援を通じて、より良い社会のためのキャシュレス化の実現を、強く後押ししていきたいと考えている。

 

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執筆者

株式会社リブ・コンサルティング
CEOアジェンダグループ バイスプレジデント
松江 朝子

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