2022.07.21

技術経営におけるイノベーションの課題

技術経営(MOT:Management of Technology)とは、科学や工学などの技術的な知識を、産業としてどのように活かしていくのかを考える経営です。つまり、イノベーションを起こすために押さえておくべき方法論とも言い換えることができます。

企業が新たな技術を研究し、産業として成立させるまでにはさまざまな段階を踏まなければなりません。イノベーション創出までに待ち受ける課題を正しく理解し、事前に対策を講じることが大切です。

魔の川・死の谷・ダーウィンの海とは

魔の川・死の谷・ダーウィンの海とは企業における技術経営上の概念を表す言葉です。出川通氏による2004年の著書「技術経営の考え方~MOTと開発ベンチャーの現場から」で提唱されました。

新技術などの事業化を研究、開発、事業化、産業化の4段階に分け、次の段階に進む困難さを表現しています。

魔の川

魔の川は、研究段階から開発段階に進むにあたってぶつかる障壁を指します。

いくらレベルの高い技術や研究成果を持っていても、市場に受け入れられる製品をつくるためには、研究の域を超えたビジネスセンスが要求されます。研究段階から具体的な新製品、新サービスの開発プロジェクトに進むまでには大きな困難があることから、魔の川と表現しているのです。

死の谷

死の谷は、製品化から事業化段階に進む困難さを表現した言葉です。製品開発まで辿り着いたとしても、製品発売やサービス開始までには、量産体制の確立や流通の手配、資金調達などが必要になります。

失敗したときの痛手が大きいことからも、死の谷と呼ばれています。

ダーウィンの海

ダーウィンの海は、市場に出た新製品や新サービスが、既存製品や競合他社との競争、消費者や想定顧客の認知や購入の壁、顧客の評価などに晒されながら、市場に定着する困難さを表しています。

ダーウィンは生物学における進化論を提唱した際に、自然淘汰を進化の本質と述べました。そのため、製品やサービスの生存競争と自然淘汰が起きる市場をダーウィンの海と表現しています。

イノベーションとは

サービスや組織、ビジネスモデルやモノ、仕組みなどに新たな価値を生み出し、社会にインパクトのある革新をもたらすことをイノベーションといいます。

ビジネスにおいてイノベーションは非常に重要です。なぜなら、新しい価値は新しい市場を 開拓し、大きな利益をもたらすからです。特にベンチャー企業にとっては、イノベーションは大手企業にも打ち勝つ強力な武器になります。

5種類のイノベーション

1992年、オーストリアの経済学者であるヨーゼフ・シュンペーターによる著書において、イノベーションが核になる経済発展理論が発表されています。著書のなかでシュンペーターは、イノベーションには5種類の型があると提唱しました。

プロダクト・イノベーション(新しい生産物の創出)

既存の市場には登場していない、革新的な新商品(新製品・新サービス)を開発することをいいます。

プロセス・イノベーション(新しい生産方法の導入)

既存の製品やサービスそのものを変化させるのではなく、流通方法や生産工程の改善に視点を向けて新たな価値を生み出すことをいいます。

マーケット・イノベーション(新しい販売先・消費者の開拓)

これまで存在していた商品やサービスであっても全く別の市場や顧客に対しては異なる価値を与えることがあります。マーケットイノベーションとは新しい市場、顧客、ニーズを開拓することを指します。

サプライチェーン・イノベーション(新しい供給源の獲得)

同じ商品でも、異なる材料を使ったり、材料の供給ルートを変えたりすることで価値を増大させることができます。材料、材料の供給源を新規開拓することを、サプライチェーンイノベーションといいます。

オーガニゼーション・イノベーション(新しい組織の実現)

オーガニゼーション・イノベーションの定義は、業界や企業に対し、組織変革を通じて大きな影響を与えることです。社内ベンチャー制度やフランチャイズシステムの導入など組織に意義や価値を持たせます。

創造的イノベーションと破壊的イノベーション

アメリカ合衆国の実業家、経営学者であるクレイトン・クリステンセンは創造的イノベーションと破壊的イノベーションについて、自身の著書内で提唱しました。

創造的イノベーション

顧客の意見や要望を取り入れながら進めるイノベーションを指します。主流市場において性能を向上させるため、持続型イノベーションともいいます。

破壊的イノベーション

既存の概念にとらわれず、新たな発想を積極的に取り入れることで、新製品や新サービスを生み出していくイノベーションを指します。破壊型ともいいます。

クローズドイノベーションとオープンイノベーション

イノベーションに関する世界的権威であるヘンリー・チェスブロウは、イノベーションの2つのパターンを提唱しています。

クローズドイノベーション

クローズドイノベーションとは自社で研究、開発した製品やサービスを提供する自前主義にこだわった旧来型の手法を指します。個人、科学者、または従業員が閉鎖環境でイノベーションを起こすことをいい、1990年代以前のイノベーションはこれにあたります。

オープンイノベーション

オープンイノベーションとは、自社と自社以外の企業がもつ技術を組み合わせることでおこるイノベーションのことです。インターネットやテクノロジーの発展、グローバル化、人材流動化などの変化により、自社の資源のみでイノベーションを起こすことはほぼ不可能となったことにより注目されました。

イノベーションにおける課題

破壊的イノベーションを提唱したクレイトンは1997年に、イノベーションのジレンマについても言及しています。イノベーションのジレンマとは、なんらかの要因でイノベーションが起こせなくなることです。イノベーションの取り組みにおける過程で発生する事象が原因で発生します。これにより、他の追随や追い越しを許してしまう結果につながります。

イノベーションのジレンマ

企業は既存顧客のニーズを満たすために自社の製品やサービスの進歩に注力します。このような行動は、顧客や株主から求められる正しい取り組みです。しかし、結果として、別の技術や別の顧客ニーズへの興味を失い、気が付けば新興企業に敗北してしまう現象が生じます。これをイノベーションのジレンマといいます。

つまり、正しい経営をしていたが故に、破壊的イノベーションが生まれる環境が失われてしまうということです。

特に、時代に大きな変化が起きたとき、大企業ほどイノベーションのジレンマに陥りやすいといわれています。時代の流れと本質をどれだけ読み切れるかが重要であることはもちろん、常に複数のシナリオを用意することが大切です。

まとめ

イノベーションと一言でいっても、さまざまな種類や形態が存在します。日本において、多くの人はイノベーションを技術開発をもとにした革新と認識していますが、原材料や生産方法の工夫や、他社とのアライアンスなどにより、新技術を開発しなくてもイノベーションを起こすことは可能です。イノベーションという言葉に含まれる可能性の広さを認識し、柔軟な発想を育てることが大切です。

ただし、イノベーションには段階ごとにさまざまな課題が生じます。魔の川・死の谷・ダーウィンの海はイノベーションの課題を表現した用語ですが、これらの意味をきちんと理解し、自社の製品・サービスにとっての課題が何かを考えなければなりません。

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